私の地元、現新潟市秋葉区(旧新津市)の新津中央商店街が、その名を改名して頑張っています。
その名は「にいつ0番線商店街」
もとはSL、鉄道の町、としてかなり栄えた町。
私の小学校時代、街の半分以上は鉄道関係者と言われた時代でした。
信越本線が通り、羽越本線、磐越西線の基点があって、特急や急行の殆どが停車した駅でしたので、駅はいつも沢山の人で賑やかなイメージです。
夜間でも各列車を引き入れる車庫は沢山の車両を管理する鉄道員であふれていて、私の心の中にはいつもその駅舎、線路、汽車、ディーゼルカーの音やにおいが残っています。
沢山の線路が街を横断していたので、街の中心を大きくまたぐ橋が二つあり、主に自動車の跨線橋と歩道だけの徒線橋(とせんきょう)です。
自分の町が世界一賑わっていたように過ごしていた少年期は、とても幸せな時代だったと今思います。
それはまるで映画の「三丁目の夕日」そのものですので。
あれから数十年が経ち自分の故郷が寂しくなって行くにつれ、当時は「銀座!」と勘違いした商店街もまたアーケードが無くなりさびれて行ってしまう感がぬぐえない中で、こうして昔の思い出と共に復活してくださるのはとても感慨深く感じます。
0番線とはおそらく全国でも珍しいホームと思いますが、当時はそこから通った事を思い出しながら、懐かしい思いに浸る新津市民は多いでしょう。
皆さんも興味があって、この街におこし下さるのであれば、その旅情に少しでも浸っていって頂ければ幸いです。
鉄道好きな鉄っちゃんでなくとも、古き良き昭和がそこにあると想いますので。
毎日新聞のサイトから
http://mainichi.jp/articles/20160205/ddl/k15/020/320000c